技法材料抽象構成 Mukuge-petal Jul.2018 91×78×3cm
“Up And Coming展Ⅰ” Miura Art Museum, 11Nov.2018―27Jan.2019
Up And Coming展ギャラリートークテキストTalk-59 A4 16p |
Three artists from Ehime were introduced in “Up And Coming Ⅰ” at Miura Art Museum, 11Nov.2018―27Jan.2019. And this is the pamphlet that I presented for my part of the exhibition together with 15 pieces of art work. Talk-59 was featured in the booklet with the references of Talk-3 and -54. Then I added the preface, the post script and the photos of recent works .
Preface■はじめに
「Talk-59」は私が自分のサイトで綴っている『Gallery Talk』の59番目にある<我>という記事です。今回はこれに関連する作品写真や他のTalk記事を加えて「Up And Coming展ギャラリートークテキストTalk-59」としてみました。以下にこの小冊子を作ることになった経緯を記します。
2014年に東京から戻り、松山郊外にアトリエを構えることとなりました。41年離れていた愛媛・松山で活動を再開するにあたり、翌2015年には地元にご挨拶がてらリブ・アートで個展を開きましたが、その時に来て見て頂いた愛媛県在野美術界の重鎮、松田一さんから非常に高い評価と期待を頂いたのです。激賞でした。そして今年3月には、三浦美術館が企画するUp And Coming展の作家選抜に、松田さんが代表を代行しておられた子規堂前画廊から推薦されることになりました。この時、それでは参考までにと氏にお届けしたのが「Talk-59」のラフスケッチと関連する作品写真や他のTalk記事だったのです。
これまで三浦美術館には何度か足を運んでおり、私もいつかはこういう所で紹介されたいものだと思っていましたので期待がありました。しかしその後音沙汰なく、この件は立ち消えになろうとしていたのですが、6月も半ばになって突然、光栄にも三浦美術館から直接私に展示のお話を頂いたのです。と同時に松田一さんが他界されていたことを知らされる事となりたいへん驚きました。坂本の選出について松田さんには5月末に郵送で連絡はしていたものの、その後の返答が得られないため確認を取ったところそういう事であった、ということでした。(2018年6月4日に逝去されたことを後日確認しております。)
氏が活動拠点としていた子規堂前画廊もまた今年に入って閉じることになってしまった。「明日、三浦美術館に行ってあんたを推薦してくるから・・・」と最後に電話で聞いた氏の言葉が、あたかも私への遺言であったかの如くに響いて参ります。来るUp And Coming展に松田一さんの魂を巻き込んだ強い因縁を感じざるを得ません。氏とのお付き合いはわずか2年と半年に過ぎません。また、新旧相容れぬ違いもありました。しかし油絵芸術に向かう松田さんの一途な姿勢には深い共感を覚えたものです・・・。いつぞやは私に一冊の詩集を差し出し、坂村真民が良いのだと呟いておられた。氏はこの詩人の如く道を純粋に求められた方です。愛媛の絵描きなら知らぬ者はいない。誠を求め在野で逞しく道を貫いた郷土の画人、松田一。この度その篤き一念が三浦美術館の一室、サロンに花開きます。テーマは「Talk-59」。このパンフレットは故・松田一画伯の御霊に捧げるものであります。
I owe everything to deceased Matsuda-san for this promotion.
Post script■あとがき
私のGallery Talkには“預言”であるとか“ご神託”であるとかうさん臭い話が頻繁に出てきますが、過剰反応は禁物ですよ。誰しもおみくじを引いたり手相を見てもらったりしたことがあると思いますが、要するにそこに書かれてあった事や告げられた事を、私が勝手にやれ預言だ、やれご神託だ、などとそれらしく演出しながらトークに引用しているだけの話です。誤解があってはなりません。一部先の英文でも触れておりますが、加えて事の詳細を補足致します。私の場合は1984年に守護神、守護霊、そして過去世を宗教家であり優れた霊能者であったH氏に見ていただきました。3万円ほどお払いしたかと思います。さすがに一般的な手相3000円コースでは聞けない話がいっぱいありました。また、“マリア様のご神託”は美大時代の後輩で美術家であると同時に優れた宗教家でもあったY君を通して1983年に授かったもので、全てY君が聞いて語り、私がそれを書き留めました。ただそれだけの事に過ぎません。巷に全くあり得ない話ではない。すべて『作品集2015』にある通りです。
誰しも日常生活の中でごく普通に経験していることを語っています(Talk-59の6)。早い話が、今日もまた私は新たな一日を生きている・・・この当たり前が不思議でならない。確かにあったあの昨日はどこに行った?去年は?10年前は? そしてもう早、今あったはずの世界が自分自身を含めて過去の幻影となっている。これは奇跡だ、奇跡に違いないといつも独りで騒いでいるのです。サイキックやチャネリングの不思議を待つまでもない。日常がすでに時の奇跡。そして今、この奇跡は位相を変えながら同心円状の異次元に広がって行きます(Talk-59の14)。“つい今しがたの40年前”、迫りくる人類史の終焉に際し私が油絵に殉死を覚悟した現代美術の行に身を投じた時のこと(Talk-59の8)、絶望の闇夜の中で私は一人、それでも必ずや夜は明けるのだと信じて疑わなかった。描くことが再び芸術として蘇るはずだと、いやそうあらねばならないと…中略…そしたらどうだ、本当に再び夜明けを迎えたではないか、神仏が道を指し示して来られたではないかと“半時経った40年後の今”、こうして一人で興奮しながら“たった今の昨年に”、Gallery Talkを綴り始めたのです。これ即ちDESSINER考―霊的曙光の奇跡に基づく絵画表現の芸術的蘇生!!!・・・覚えています。40年前、私の全身全霊に鳴り響いたものは<今>のこの絶叫でした。 “In exact reality, I say, the truth is that I was enlightened with the idea of DESSINER考 in 1978, and Mary approved it saying 「・・・あなたはかつても求めてきた より高く実現してくださいよ・・・」 in the oracle in 1983 .”(Talk-3) これを“預言”と呼び、“ご神託”と申し上げたのです。
I haven’t told you how I was given Mary’s oracle, in English yet. “Y”, who was a friend of mine from Tama Art College and was a spiritual person, came to see me in late August, 1983. And it came down on us when we were talking…talking about my successive ordeals, in which I finally got involved in a severe car accident. The motor nerve for the left side of my body and my eyesight were severely damaged. I couldn’t walk straight, couldn’t see correctly, terrible dizziness and frustration…very hard to do things, no way to work on art any more. I thought I finally fell into the bottom of hell. But, this ordeal might have even been given by God. Or could I possibly say <I> (Talk-59) willingly wanted it to occur…? I’m talking more about this “Genuin Truth” (Talk3) on another occasion. That is amazing… Anyway, when we were talking, he abruptly interrupted our conversation saying, “Sakamoto-san, now Mary is here and this deity is talking to you”. And he dictated it to me. The oracle was written on seven sheets of paper in Japanese. (Talk-4)
A set of 5 pieces, the first 5 shown in Talk-2 or photo※above, were collected in the museum.
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